「生涯の垣根」(室生犀星)

「庭」は「彼」の一生

「生涯の垣根」(室生犀星)
(「日本文学100年の名作第4巻」)
 新潮文庫

「彼」が丹精込めて
造り上げた「庭」は、
整えられた土と
垣根だけであった。
土は「彼」の手をくぐりぬけて
齢を取っていた。
「彼」は庭造りの
最後の仕事として行う
垣根の入れ替えを、
この庭を一緒に造った民さんに
任せたいと思い…。

本作品に初めて接する方の多くは、
退屈さに耐えかね、
短篇でありながらも
途中で放棄してしまうのではないかと
思われます。
何も起こりません。
「彼」を「私」に置き換えれば、
単なる日記にしかならないくらいです。
舞台の庭にしてもそうです。
土と垣根だけのようなものです。
しかし本作品もまた、
何度も丁寧に咀嚼するように
読み込むと、えもいわれぬ味わいが
心の中に広がってくるのです。

created by Rinker
¥446 (2024/05/18 22:38:07時点 Amazon調べ-詳細)

一つは完成された「庭」の在り方です。
見事な庭石や、
立派な鯉が跳ねる池や、
美しい草本が立ち並ぶような庭を、
「彼」は欲していないのです。
むしろ三十年の間、
余計なものが一つずつ取り除かれ、
土だけが残ったのです。
「土だけ」といっても、
そこに存分に手がかかっているのです。
「土はたたかれ握り返され、
 あたたかに取り交ぜられて
 三十年も、彼の手をくぐりぬけて
 齢を取っていた。
 人間の手にふれない土は
 すさんできめが粗いが、
 人の手にふれるごとに
 土はきめをこまかくするし、
 そしてつやをふくんで
 美しく練れて来るのだ」

一つは「彼」と庭師の民さんとの
温かな関係です。
民さんは「彼」の庭を造り始めたときの
庭師だったのですが、
「どうにも怠け者で
朝出の時間が喰い違ったり、
不意に休んだりする」ので、
数年前に解雇していたのです。
しかし「彼」は民さんのことを
どうしても忘れられませんでした。
「仕事のあいだに
 一本の煙草をすう旨さ、
 軽い冗談のやりとりをする
 したしさは、
 彼の持つ社会的な
 どこにも見当らない
 親密なものばかりであった」

そしてもう一つは
三十年という時間の大きさです。
垣根の入れ替えを任された民さんは、
一人の若い庭師を連れてくるのですが、
それはかつて「彼」が名付け親となった、
民さんの息子なのです。
一緒に庭造りをしていた頃に
生まれた子どもが今、
立派な青年となって父親とともに
庭造りに取り組もうとしているのです。

垣根を入れ替えて、
真に完成した「庭」は、
「彼」にとって
最後の「庭」となるのであり、
「彼」もそれを覚悟しているのです。
いわば「庭」は
「彼」の一生でもあるのでしょう。

虚飾を排し、素朴でありながらも
高い完成度を持ってそこにある。
そしてそれは朴訥でも純粋な人間との
関わりから生まれる。
それが「彼」の「庭」であり、
それは同時に人の一生の
あるべき姿の一つと同じです。
自分の人生もそうであればと、
読み終えて感じた次第です。
室生犀星の底光りのするような逸品、
いかがでしょうか。

(2021.5.30)

StockSnapによるPixabayからの画像

【青空文庫】
「生涯の垣根」(室生犀星)

【関連記事】

【「日本文学100年の名作」】

created by Rinker
¥54 (2024/05/18 13:30:28時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
¥434 (2024/05/18 06:26:56時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
¥305 (2024/05/18 22:09:14時点 Amazon調べ-詳細)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA